特に、大原麗子の死に関しては、とても大きなショックを受けた。心の傷と言ってもいいぐらいの。サントリーのCMでの彼女を見たときに、子供心に、ああこういう人が女優なんだ、と漠然と思ったことは忘れられない。それがどういうわけか、彼女の名前が、「孤独死」という文脈で取り上げられた週刊誌の見出しを目にする日が来るなどとは、思いもよらなかった。
そして、どうして「孤独死」が前に出ているんだろうとも思った。いや、ここで書いているわたしもわたしなんだけれども。
彼女ほどの人なら、亡くなり方以上に、生前の膨大な仕事の偉大さをたたえるネタがいくらでもあるはずなのに。大原麗子について話すときに、本当にきれいだったね、とか、春日局やってたよね、とか、野獣会だとか、渡瀬恒彦だとか、六年か七年ぐらい前に白いワンピース着てCMに出てるの見たけど、もうそういう年じゃねえだろと思いながらもわけわからんぐらいかわいいと思ってしまったよ、だとかということよりも、孤独死で大変だったね、という話題がいちばん前に出てくる人は、そうならない自信がだいぶあるんだろうな、とうがった見方をした。
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結局、生前の仕事なんかより、人とうまくつながれたかなんだよねってことになるのだろうか、とむなしくもなったのだった。
満員電車では足を開き放題で、仕事では人の足を引っ張り、部下を気まぐれにいびり、クラスの誰かを遊び半分でいじめて、近所の誰かを悪口で苦しめて、行列には横入りをし、何も生み出しはせず、家の外の人間をいっさいいたわることのなかったような人間でも、家族に看取られて死ねれば勝ち組なのだろうか。そういう人間より、大原麗子やレイン・ステイリーの方が、よほど広範に人を救ったり支えたりしたと思うのだけども。
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家族を作ることも鉄板のセーフティネットにならず、生前の功績も無にしてしまう、「死に方」という身の処し方の一項目は、とても残酷でハードルの高いものだと思う。それも、衰えた先の最後にやってくるという容赦のないものである。
(via:<a href="http://soulboy.tumblr.com/post/606153130">soulboy</a>) (via <a href="http://tooola.tumblr.com/" class="tumblr_blog">tooola</a>, <a href="http://rajendra.tumblr.com/post/606096336" class="tumblr_blog">rajendra</a>)